プロフィール

えりりん

カレンダー

06 | 2008/07 | 08
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

最近の記事

カテゴリー

ブログ内検索

月別アーカイブ

07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04 

夏草の賦

戦国時代、土佐から身を起こし四国を切り取った武将、長曽我部元親の一代記です。

美人の誉れ高い美濃の武家の娘が、持ち前の冒険心から長曽我部元親の正室になるくだりから物語がはじまります。高い山脈と海に隔てられた土佐は、現代だと日本とアフリカくらいかけ離れた存在でした。
突拍子もないエピソードだと思ったら、史実だそうでびっくり!土佐には外部の血が入ると良い子が産まれるという俗信があったそうで、はたして元親にも資質、気質ともに優秀な嫡子が誕生します。

後継にも恵まれ、半生をかけて四国を併呑・・・したかと思ったら、中央で勃興してきた織田信長に降伏を迫られ、ついでは豊臣秀吉に膝を屈することになりました。
才能にも気概にも恵まれながら、土佐という僻地に生を受けたという「運」が、信長や秀吉との明暗を分けました。
そして、秀吉の命令で意に染まないながら参加した戦で、嫡子信親を失ってからはまるで腑抜けのようになってしまいます。
嫡子を失ったときのうろたえ様、執着の仕方には、もはや昔の「鬼若子」と呼ばれて恐れられた面影はありませんでした。
(信親の遺骸を取り戻すように敵陣に使者を送ったのです。敵の島津家は、要求に応えたばかりでなく僧まで派遣して遺骨を送り届けました)

同じく、僻地に生まれて領土を切り取ったものの秀吉に膝を屈した武将がいます。伊達政宗です。長曽我部元親とは対照的に、膝を屈してはいるものの隙あらば天下を・・・という野心を捨てずに、それでいてこのような詩を残しています。(前にも書いたのですが、好きなんだなー)

馬上少年過ぐ
世平らかにして白髪多し
残躯天の赦すところ
楽しまざるをこれ如何せん

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL: